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2007. 09. 20  
■タイトル■
昼下がりのバスケットボール

■あらすじ■
「通うのも面倒だし一緒に暮らさない?」ある日、石沼一弥はつきあい始めて一年になる栗沢美佳から、軽い口調でそう誘われる。「そうだな、それもいいかもな……」即答はしなかったものの、一弥は同棲に備え部屋の片づけを始める。そんな矢先、一弥の元に一通の葉書が送られてくる。『お元気でしょうか? この度、故郷の北海道へ転居することになりました』藤村康夫。その名を見て一弥の心に、忘れられない過去が蘇る。それは中学の頃いじめで自殺した藤村優美子のことだった。一弥は次第に優美子のことばかり考えるようになり、自分の殻に閉じこもってしまう。

☆本編☆ 
 タイトル『昼下がりのバスケットボール』
 午後十時を回ったというのに、蝉の鳴き声は相変わらずやかましかった。エアコンの温度を下げつつ、携帯で彼女の栗沢美佳(くりさわみか)と話す。
「ねえ、この間の話だけどいつ頃行ったらいい? あたしの方は週末までには、かたがつきそうだけど」
「わりぃ、俺の方はまだ片づいてねぇわ」
「えーそんなに片付けるほど物あったっけ?」
「あるよ。馬鹿にすんなよ」
「あははっ、何ならあたし手伝おうか?」
「いいよ。エロ本とか出てきたらヤベェしな」
「そんなの気にすんなって。どうせエロ本どころじゃないことあたしにするくせに。変なところ気にするのねー一弥(かずや)は、ふふっ」
 軽口をたたき合ういつもの遣り取り。気を許している相手だからこその会話。こういう状態に幸せも感じる。
 だが美佳と同棲するための片付けは、まるで進んでいない。進める気になれなくなったのだ。
 あの葉書が届いてから、ずっと避け続けていたあの人の存在が日に日に強くなっていく。
 こうして美佳と話しているのに、俺は時折上の空になっている。
『ご無沙汰しております。お元気でしょうか? この度、故郷の北海道へ転居することになりました』藤村康夫(ふじむらやすお)。
 実家から転送されてきた一枚の葉書。それで俺の日常は変わり始めていた。
「あ、お風呂沸いたみたいだからそろそろ切るね。また明日会社で」
「ああ、そんじゃ」
「ちょっと一弥!」
「何だよ?」
 携帯を耳から離そうとすると、美佳のでかい声が待ったをかけた。声色からして、きっと何かを抗議するつもりだろう。
「何か忘れてません?」
「えっ、何でしたっけ?」
「もーすっとぼけないでよ。いつものやつ、いつものやつ」
「ったく……別にいいだろそんなの」
「だーめ早く」
 こういう時、美佳には絶対ごまかしが効かない。こうなった時点で俺の負けなのだ。
 何度言っても恥ずかしいが言うしかない。
「チッ……好きだよ」
「あはっ、あたしも大好き。おやすみー」
 心底嬉しそうな美佳の声が聞こえたあと、俺は携帯を閉じた。
 ベッドに倒れ込むと胸がきりきりと痛んでくる。嫌なことを思い出すといつもこうなる。
 眠れないかもしれない。今日も明日も……。

 あれは中学2年、中間テストの当日。朝から小雨が降っていた。
 前の晩ろくに勉強もせず、俺は開き直って開始を待っていた。すると妙に落ち着きのない彼女に気づいた。
 田舎っぽいおかっぱ頭。切りそろえた前髪の中からのぞく大きな目は、今にも泣き出しそうだった。
「あのさどうかしたの?」
「えっ……」
「何か顔色良くないけど具合でも悪いの?」
「わ、私……」
「ん?」
「筆記……用具が……」
「筆記用具?」
「わ、忘れ……ちゃって……」
 その時は何だそんなことかと拍子抜けした。すぐに余っている、シャープと消しゴムを手渡した。
 だがその些細なことで、彼女の顔は急に明るくなった。少しだけど嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう石沼(いしぬま)くん……あとでちゃんと返すから」
 クラスでも目立たない彼女は、一学期に北海道からやってきた転校生、藤村優美子(ふじむらゆみこ)。地味で気弱そうで、さほど可愛いと思ったことはなかった。でも俺はこの時「へえ、藤村さんって結構いいかもな」なんて思っていた。笑顔が可愛かったのだ。これが彼女と話をした最初のことだった。
 あとになって彼女は筆記用具を忘れたのではなく、他の女子に隠されたということがわかった。いじめだ。
「お前らいじめなんてダセェ真似するなよ」
「うるさいわね。キモイからちょっと、からかっただけでしょ」
 藤村さんをいじめている現場を目撃して、直接注意したこともあった。やっぱりこういうのは許せない質だった。
「藤村さん一緒に学校行こうぜ」
「う、うん……」
「やっぱり家に閉じこもってないで、学校は行った方がいいと思うぜ。何かあったら俺が助けてやるからさ」
「ありがとう……」
 藤村さんが学校に来なくなった時は、俺が自宅を訪ねて誘った。何か心に葛藤があるのだろうとは思っていた。だから俺は積極的に接するべきだと考えた。
「俺、バスケ部の補欠なんだけどさ、いつか頑張ってレギュラーになろうと思ってるんだ」
「へえ、石沼くんて偉いんだね」
「そうでもないけどさ、藤村さんも頑張ろうぜ」
「う、うん……」
 俺は自分がしていることは良いことだと思っていた。藤村さんも喜んでいると思っていた。でもそれは思い上がりだった……。

「おい石沼、電話鳴ってるぞ」
「は?」
「は、じゃないよお前、電話、電話、はよとれ」
「あ、すんません」
 翌日、明らかな寝不足のまま出社したが、仕事は手につかなかった。理由は眠気より藤村さんのことだ。もう五年も会いに行っていない。
 俺は耐え難い苦しみから、彼女をずっと避けていた。いつか落ち着いたら、彼女とちゃんとお別れしようと思っていた。
 でもそんなことをしているうちに、藤村さんの家族は故郷の北海道へ引っ越すことになり、住んでいる家も取り壊すことになった。
 このままでは中途半端に終わってしまう。それだけは嫌だ。なのに俺はまだ心の準備ができていなかった。
「ねえ一弥、今日晩ご飯一緒に食べない?」
「えっ……」
「駅前に前から行きたいと思ってた、イタリア料理屋があってさぁ」
「あ、ああ……」
「あれ、パスタとか嫌いだったっけ?」
「あ、いや、俺ちょっと用事あってさ……」
「用事ぃ?」
「ああ、親がたまには一緒にメシ食おうなんて言ってきてさ」
「本当ぉ?」
 いかにも怪しいと言いたげな美佳の声。茶髪のショートカット似合ったキツイ目。俺は努めて冷静に続ける。
「本当って何だよ?」
「別にぃ……」
「先約があるんだからしょうがねえだろ」
「わかったわかった。また今度ね」
 俺は美佳に初めて嘘をついた。胃がもたれるような感じがしていい気分じゃない。定時で退社したあと、各駅停車に乗って六駅目で降りた。
 かつて通学路だった道を通り、実家とは逆の静かな住宅街に差し掛かると、急に胸が苦しくなってきた。
 見覚えのある塀。その先を曲がると藤村さんの家が見えるはず。
 近づいていくと、手のひらがどんどん湿っぽくなってきた。何だか怖い、藤村さんの面影に触れるのが……。
「……っ」
 だんだん息苦しくなり足が止まってしまった。すくんだのかもしれない。
 俺は結局その日、藤村さんの家を訪ねることはできなかった。
 避けていたといっても、彼女のことは一日も忘れたことはない。でも行けなかった。

「あのね石沼くん……私ね……」
 あの日藤村さんは、中間テストの時のように、落ち着きがなかった。
 そして昼休み、俺を人気のない校舎裏に誘うと、彼女は震え声でこういった。
「私……石沼くんが……好きなの」
 彼女が俺に対して好意を持っていることは、何となく気づいていた。でもそんな大それたことを、自分から言ってくるとは思わなかった。だから俺はちょっと驚いた。
「お返事聞かせて欲しいの……」
「あ、ああ、じゃあ月曜日にでも」
「あ……あの、できたらもう少し早く」
 その時どうして、彼女が返事を早く要求したのかはわからなかった。
「それじゃあ土曜日、学校終わったら公園で」
 あとで全てを悟った時は、一生後悔することになった。
「西尾が昨日練習中に転んで足首を骨折したんだ……」
 土曜日三時間目の休み時間、部活の先生に呼ばれて、俺はそんな話を聞かされた。それが何を意味しているのかというと、補欠の俺がレギュラーに繰り上げになるということだった。
「土曜日、授業早く終わるから、お前はレギュラーの特別練習に参加しろ。レギュラーはひと味違うからな」
「はい!」
 俺は大いに喜んだ。西尾には悪いけど、いつか報われるものなんだと思った。土曜日といえば藤村さんと約束がある日だった。
 何とか間に合うだろうし、万一少し遅れてもレギュラーの練習といえば、彼女も喜んでくれると思っていた。それが浮かれていた俺の大きな間違いだった。
 約束の土曜日。練習を終えた俺は待ち合わせの公園に少し遅れて行くと、藤村さんはいなかった。
 帰ってしまったのかと思って電話したが誰も出ず、家を訪ねても応答はなかった。だから家族で旅行にでも行ったのだろうと思った。
 俺は早く月曜日にならないかと思っていた。藤村さんにレギュラーになったって伝えたかったのだ。それにくわえて『俺も好きだって』返事をしたかった。そして迎えた月曜日。
「あーみんなに残念な知らせがある。藤村優美子だが土曜日の夜遅くに……」
 最初は俺の知らない誰かの、話をしてるんだと思った。気の毒な話だと思った。でも。
「藤村自殺だってよ」
「マジかよ。怖ぇ」
 死んだのは藤村優美子だった。それも自ら命を絶った。
 あとで知ったことだが。藤村さんに対するいじめは、俺が半端に助けたことで、エスカレートしたらしい。そして遂には金まで要求されて思い詰めた。
 彼女は俺に迷惑をかけないため、全てを隠していたのだ。
「お前等! 何したかわかってるのか! ぶっ殺してやる!!」
 俺は藤村さんをいじめていた女子を、力いっぱい殴りつけた。女だろうが顔面をぼこぼこにした。
 その結果、俺はバスケ部を退部になった。 以来バスケはやっていない。

「石沼です。ちょっと熱があるんで今日は……」
 俺はついに何にもやる気が、起きなくなってしまった。
 会社へ行くような気分じゃなかった。
「ねえ、どうしたの会社休んじゃってさ」
「別に風邪だから心配するなよ……」
 美佳からの電話も適当にあしらっていた。しかしいつまでもごまかせるもんじゃない。
「ねえちょっと本当にどうしたのよ? 無断で休んでるって本当なの? 風邪じゃないの?」
「……」
「ねえ、何とか言いなさいよ一弥」
「いいだろ。どこにも行く気がしねえんだよ」
 心配している美佳に素っ気ない言葉を返した。何も知らない彼女の態度が、苛立ちを募らせる。
「何よそれ仕事で何かあったの?」
「違うよ。別に関係ねえだろ……」
「この間も思ったんだけど一弥なんか変だよ。何かあったんでしょ?」
「別に……」
「もしかして、他に好きな子でもいるんじゃないでしょうね?」
 浮気を疑うときの嫌な口調。やめてくれ。そんなレベルのことじゃないんだ……。
「いねえよそんなの……」
「じゃあどうして急に、こんなになっちゃうのよ」
 美佳はしつこく問いただす。もうどうでもよくなってきてた。
「なあ一緒に住むって話やめようぜ……」
「えっ……」
「そんな気になれないんだ」
「なによそれ? 急にどういうことなのよ?」
「俺にもわからないよ」

 何もせず部屋でふさぎ込む日が続く。でもいたずらに時間が過ぎていくことに、危機感を覚えて俺は外に出た。
 最初は近くを散歩するだけのつもりだった。だけどだんだん、藤村さんの家の方へ行ってしまった。この間は行けなかった彼女の家。でも俺はついに家の前まで来た。
 五年前と特に変わってはいない。洋風の白い門柱は塗装がはげて、所々オレンジ色のさびが浮いていた。この向こうに彼女がいる。
 インターホンのボタンを押そうと思うが、やはり触れることができない。
 押してしまえばもう、逃げることも避けることも、できなくなる。
 また手のひらが汗ばんでくる。やっぱり帰ろうかと思った時、背後に人の気配を感じた。
「何かご用ですか?」
「あっ……」
 中年のおじさんはジッと俺を見る。やがて何か思い出したような顔になった。
「石沼君……かい?」」
 その問いに俺はただ頷いた。おじさんは笑みを浮かべ。
「立派になったね。びっくりしたよ。さあ入りなさい」
 と、一言言ってくれた。
 居間を通りその奥の部屋に案内された。五年振りに彼女を見た時、胸が押しつぶされそうな気持ちになった。藤村さんは、田舎のじいちゃんやばあちゃんが入るような黒縁の額に、物寂しく収まっていた。
 やはりあの日以来、彼女の時は止まってしまったんだ。それはどうしたって悲しい。
 ちゃんと別れるどころか、涙を堪えるのがやっとで、何も話すことはできなかった。
「石沼くん、今でも優美子のことを気にしてるのかい?」
 居間に戻って白いソファに座り、おばさんがコーヒーを持ってきた時、おじさんは聞いてきた。
「はい……」
「どうして?」
「俺があの時、約束に遅れないでちゃんと返事をしていたら、今も藤村さんは生きていたと思います……」
 藤村さんは俺の返事で、気持ちを引き留めようとしていたんだと思う。だから返事を急いで要求したんだ。
「ねえ石沼君。前にも言ったけど優美子のことは、石沼君のせいじゃないわ」
 おばさんが優しくそう言った。だけど俺は。
「でも藤村さんが学校を休みたいのに、俺が無理に誘って……そういうことも、心に負担を与えてたんだと思います」
 もっと彼女の立場になって考えていれば……。そう思うと、本当に自分の無神経な性格が嫌になる。おじさんが、しばらく黙り込んでから口を開いた。
「引っ越すことを決めたのはね、私達がようやく下向きだった顔を、上に上げられたからなんだ」
「えっ……」
「私達がいつまでも下を向いていたら、優美子も私達も、不幸になるために生まれてきたと、認めることになるからね」
「不幸になるために生まれてきたと認める?」
「人間は皆人生を楽しむために、生まれてくるものなんだよ。だから石沼君も、優美子のことを自分のせいだなんて思わないで、これからの人生楽しむことを考えて下さい」
 おじさんの言葉は、娘が自殺したとは思えないほど、前向きで立派だった。一番辛い思いをしてきたはずなのに、よくここまで立ち直れたものだと思った。だけど俺にはそんな達観した考え方はまだ無理だ。
 俺はまだ藤村さんを過去にはできない……。

 その夜、美佳から何度か電話が来たが、例の同棲の話は平行線だった。そのうちらちがあかないと思ったのか、美佳は俺の部屋に押しかけてきた。
「あたしには一弥が必要なのよ。一弥にはあたしは必要ないの?」
「そうじゃねえよ。俺、引っ掛かってることがあるんだ」
「何よそれ? あたしに何か不満でもあるの?」
 美佳は唇をとがらせ俺の顔をのぞき込む。でも俺は何も答えなかった。
「はっきり言いなさいよ。全然わけわかんないわよ」
 苛々するのも無理はない話だった。やっぱり全てを話すしかないだろう。
「俺この間からずっと、藤村さんって女の子のことばかり考えているんだ」
「はぁ?」
「美佳とつきあっている間も、心の中にはずっと藤村さんがいたんだ」
「誰よその女ぁ? やっぱりあんた違うとかいって二股かけてたの?」
 浮気と勘違いして眉をつり上げる美佳。さらに畳みかけてくる。
「この女ったらし!!」
「藤村さんはいじめで自殺したんだよ!」
 俺は思わずかっとなって言い返した。
「えっ、な、自殺?」
「藤村優美子は中学の頃の友達で、俺が好きだった女の子なんだよ!」
「何よそれ……どういうことよ?」
 美佳は小さく口を開け、驚いた顔で俺を見ている。
「藤村さんのおじさんから葉書が来たんだ。家を取り壊して北海道へ引っ越すって……」
 胸の中に冷たいものがこみ上げ、じわじわと広がる。
「何で今頃になってそんなこと?」
「俺いつか藤村さんと、ちゃんと別れようと思ってたんだ。でも辛くて避けてばかりで今まで来ちまって……。藤村さんのことを引きずったまま、お前と一緒に暮らしたら、一生後悔すると思ったんだよ」
 美佳はすっかり硬い表情になっている。
「そんな大事なこと、どうして話してくれなかったのよ。あたしだって、まるで話しのわからない女でもないのに……」
「お前に会う前のことだし、何となく誰にも触れられたくなかったんだ……」
 美佳と一緒に過ごしながらも、藤村さんのことがいつも気になっていた。ずっと後ろ髪を引かれる思いだった。
「そう、そんなことがあったんだ……」
 二人で暗い雰囲気になる。『自殺』と、聞けば誰だってそういうもんだろう。しばらくして美佳が何か思い出したように笑顔になった。
「ねえ一弥。初めてあたしと話した時のこと覚えてる?」
「えっ……」
「その時あたし、会社でみんなから無視されてて、一弥だけは心配して声をかけてくれたよね? だから今度はあたしが一弥を助けたいな」
 美佳は嬉しそうにそういった。きっと俺を元気づけたいのだろう。でも俺は……。
「それが俺の一番悪いところなんだよ。人の気持ちも考えない、自己満足の安っぽい優しさなんだよっ!」
 俺はティッシュの箱を蹴飛ばした。自分がまた嫌いになった。

「ねえ、もう一度話ししたいから、何時でもいいから電話してよね」
 あれから一週間が経過した。もう美佳からの電話には出なくなっていた。会社の方は休職扱いになっている。
 美佳が一生懸命になればなるほど、俺は一人になりたいと思うようになった。
「あいつもあきらめが悪いな……」
 今日何度目かの着信。あまりにしつこいので、携帯を開いて見ると、藤村康夫と表示されていた。
「これ引っ越しの準備をしていて、優美子の部屋から見つかったんだ」
 藤村さんのおじさんに呼ばれて、再び家を訪ねると、古びた大学ノートを手渡された。表にはボールペンでDiaryとだけ書かれている。俺は覚悟を決めてそれを開いてみた。
『五月二十一日晴れ・今日も石沼くんと一緒に学校へ行った。石沼くんと一緒だと心が疲れない。いじめられても頑張れそう』
『六月五日曇り・石沼くんが誘ってくれるから、何とか学校へ行くことができる。私だけだったらとても無理。本当に嬉しい』
『六月二十日雨・石沼くんと一緒にいるのは楽しい、もっと一緒にいたい。でももうお金が用意できない。お母さんに怒られたから、もうお財布から盗んだりできない。石沼くんに迷惑はかけたくない。あのお返事を聞いたら私は死にます。皆さんごめんなさい』
 俺は唇を噛みしめながら日記を閉じた。これを読んだ限りでは、藤村さんは俺が返事をしても、死ぬつもりだったらしい。それに俺のしていたことは、良く思っていたようだ。恐らく本心だろう。
 でもそれがどうした? 結局は自殺したんだぞ。心はまるで晴れなかった。
「ありがとうね石沼君。優美子と仲良くしてくれて」
「い、いえ……」
「優美子が死んだあとも、こんなに気にかけてくれて、そういう気持ちが、私達にとってどんなに支えになったかわからないよ」
 おじさん達は穏やかな表情だった。でも俺は藤村さんが自殺した直後のように悲しかった。おじさんが俺の肩に優しく手を置くと、溜まってた感情が雫となってこぼれ落ちた。

 帰り道、重い足取りでアパートの近くまでたどり着くと、俺の部屋に明かりがついているのが見えた。
 ドアを開けて玄関に入ると見覚えのある靴があった。俺は乱暴に靴を脱ぎ捨てて、台所兼居間に行った。
「何してるんだよお前は?」
「いいじゃん別に、あたし今日からここに住むのよ」
 美佳はベッドに座ったまま、当たり前のようにそういった。足下には車輪のついた旅行鞄が置いてある。
 俺はため息を吐きつつ床に腰を下ろした。
「何を勝手なことを……」
「死んだ子のことが忘れられないのは、仕方がないと思うけどさ、あたしは慰めることも許されないの?」
「えっ」
「臭いドラマじゃないけど、慰め合って生きていくのも人間じゃない? だから一緒にいようよ」
 美佳は優しく言い聞かせるように言った。 でもやっぱり俺は。
「理由はうまく説明できないけど、嫌なんだよ……」
 あの時いなかった人間に慰められると、反って心を土足で、踏みにじられるような気がする。だからほっといて欲しい。
「水くさいよ一弥。あたしは何でも話せる仲だと思ってたのに……エッチな話だってできて、嬉しいと思ってたのにさ」
 美佳は少し拗ねたように言う。悪いと思うが今の俺にかける言葉はない。
「結婚まで迫ったりしないから、取りあえず一緒にいようよ。このままじゃ一弥病気になっちゃうわよ」
「もう病気かもな……」
「あたし自信もっていえるわよ。いじめられてる子を助けたり、元気づけたり、それってどう考えても良いことだって」
「それはもういいよ……」
「よくないわよ! あたしにとっては重大よ!」
 俺の投げやりな態度に腹が立ったのか、美佳は声を大きくすると、ベッドから降りて俺の前に座った。まっすぐ俺を見据える。
「な、何んだよ?」
「だってあたし、一弥のそういうところに惚れたんだよ……」
 美佳はそういって優しく笑った。
「美佳……」
 何を言われても無駄だと思っていた。でも今、心が揺れていた。俺はこの安っぽい優しさを持ったまま、前に進んでいいのだろうか。後悔しないだろうか。どう思う藤村さん?

 あれから季節が流れ再び迎えた夏。
 昼食を終えた昼休みに、美佳と会社の中庭で話をしていた。
「今日定時で帰れそう?」
「ああ、ここんとこ暇だから、大丈夫だ」
「じゃあまた帰りにね」
「あんまり無理するなよ」
 美佳が手を振って一足早く社屋の中に消えた。入れ替わり同じ課の同僚がやってくる。
「いいよなぁ、お前ら結婚するんだって?」
「ああ、まあな……」
 結局美佳は俺の部屋に、完全に住み着いてしまった。結婚なんて迫らないなんて言ってたけど、できちまったんじゃしょうがない。近頃はどっちに似た子が生まれてくるのか、ちょっと楽しみになっている。
「俺も居座られても何でもいいから、彼女くらい欲しいわな……さて腹ごなしに行くわ」
「待てよ」
 俺は同僚の背中を引き留めた。
「あん? 石沼バスケなんかやるの?」
「悪いかよ」
 立ち上がって尻をほろった。すでに中庭の端っこには、食事を終えた連中が集まっていた。
「どうした石沼?」
「いやあいつも誘うわ……」
「あー、やめとけやめとけ、仕事でドジばっかりのやつなんて何やってもだめだろ」
 同僚に嫌そうな顔でそういわれたが、やっぱりほっとけなかった。木陰で暗い顔して時間をつぶしている、やつのところへ行く。
「なあ一緒にバスケやろうや」
「えっ、僕?」
「ああ、今のうちから運動しとかないと、いい年になったら腹出るぜ?」
「でもバスケなんてやったことないし」
「まあ、遊びだから気楽に構えてさ」
「そ、そっか……じゃあ」
 また俺の安っぽい優しさをやっちまった。まあそれが取り柄らしいんだけど……。
 苦笑しつつ中庭の端っこへ行く。
「おーい石沼こっちは準備いいぞ」
「ああ、わかった」
 安物のバスケットボールを手渡されてふと思った。
 いつ頃からだろう。藤村さんのことを考えても、胸の奥があまり痛まなくなったのは……。
 美佳と暮らすようになってから自然と笑うことが多くなり、あの胸の痛みを感じることは少なくなっていった。
 以前なら藤村さんに対する気持ちが、こんな風に変わることは、とんでもないことだと思っていた。酷いことだと思っていた。
 でも今は……。
 どうやらあれほど悩んだ別れというものは、悲しいくらい自然にやってくるものらしい。
「おら、早く来いよー」
 同僚から催促の声がかかり、昼下がりのバスケットボール。
 俺は久しぶりにドリブルして、二、三人抜いた。そして一気にボールを放った。
 ボールは緩やかな放物線を描きゴールへ向かった。でもやがてバーに弾かれ地に落ちた。
--終わり--
★END★
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プロフィール

優妃崎章人

Author:優妃崎章人
■PNなど■
商業PN・優妃崎章人(ゆいざきあきひと)
同人PN・松永佳宏 (まつながよしひろ)
フリーシナリオライター・小説家
北海道旭川市在住

■仕事歴・小説などの出版物、著書■
パラダイム出版様より出版。アトリエさくら様原作『通勤痴漢電車アキバ行き』~女子校生に這い寄る無数の手~ ノベライズを担当

パラダイム出版様より出版。Softhouse-Seal様原作『魔物っ娘ふぁんたじ~』ノベライズを担当

パラダイム出版様より出版。May-Be SOFT様原作『へんしーん!!! ~パンツになってクンクンペロペロ~』ノベライズを担当

パラダイム出版様より出版。アイルチームドレイク様原作『恥感~少女は悦楽行きの電車に乗って~』ノベライズを担当

■仕事歴・シナリオ・企画など■
フレイルソフト様にて『隣の席のギャルピッチ』~僕は彼女のセックスフレンド!? シナリオを担当させていただきました。
http://www.frailsoft.com/

WHITESOFT様にて『さくらシンクロニシティ』
シナリオの一部を担当させていただきました。
http://white-soft.jp/

ANIM様にて『もしも用務員のおじさんが催眠を覚えたら…』
シナリオの一部を担当させていただきました。
http://www.hs-crowd.co.jp/anim/a_top.html

同人サークル・ソーラレイ様にて『オジサン泊めて 家出ギャルとのWINWINセックスライフ』シナリオ全て担当
http://www.solarray.jp/

アイル様にて『売淫令嬢~周芳院櫻子の罪穢~』シナリオ一部担当
http://www.ail-soft.com

サークルかぐら堂様にて『妹のオモチャにされてしまう僕』プロット作成・メインシナリオ担当
http://kagurado.net/top.html

アイル様にて『魔ヲ受胎セシ処女(おとめ)ノ苦悦2』シナリオ一部担当
http://www.ail-soft.com/

Norn様Mielにて『人妻柚希さんの筆おろしレッスン』シナリオ全て担当・演出指定
http://www.miel-soft.com/hitoduma/hitoduma_index.html 

HINA SOFT桃雛様にて『ママの運動会シナリオ一部担当』
http://www.hina-soft.com/ 

株式会社ネクストン・liquid様にて『催眠陵辱学園シナリオ一部担当』
http://www.tactics.ne.jp/~liquid/saimin/index.htm 

株式会社キューマックス・mini-mam様にて『女将静香』シナリオ一部担当
http://www.qmax.co.nz/mini-mam/okami/okami_top.html 

株式会社シュピール・ラブジュース様にて『辱アナ』
(企画書作成・キャラ設定・作画指定書作成・プロット作成・フローチャート作成・全シナリオ{全キャラ全シーン。テキスト量約1MB}を担当
http://www.love-juice.jp/product/ana/new_ana.htm

有限会社マリゴールド・アンダームーン様にて『D-spray』(子安愛、エッチシーン3つを担当しました)
http://www.marigold.co.jp/undermoon/OL/index.html

有限会社マリゴールド・ルネ様にて『女優菜々子』(メインライターとして、全キャラクターのメインシナリオと、調教パートの一部を担当しました。全体の七割半、テキスト量にして750KBほど)
http://marigold.kululu.net/lune/nanako/index.html 

その他、メーカー様のご都合により、公開できないお仕事歴有り。

■同人歴■ 
サークルくまくまかふぇ 同人ソフト・『ツインずテ~ル』企画・原作・全シナリオ担当・フローチャート作成
http://kuma2cafe.rejec.net/blog/

サークルくまくまかふぇ 『蛙の鳴き声』(企画・原作・全シナリオ担当)

■お仕事依頼など■
ゲームソフト企画制作及び、シナリオ執筆業務。小説執筆、その他企画制作など、承っております。サンプル作品などご希望の場合は、下記アドレスまで、お気軽にご連絡下さい。恐れ入りますが、全角の部分を半角に打ち直して、ご送信下さい。宜しくお願い申し上げます。

KIRIKO27@hotmail.co.jp

■お打ち合わせなど■
全国どこへでも、赴くことが可能でございます。こちらについても、お気軽にご相談下さいませ。

■著書・小説などの書籍■








■シナリオや企画を担当したゲームソフトなど■
『隣の席のギャルビッチ ~僕は彼女のセックスフレンド!?~』 ダウンロード:2016年04月15日(金) 発売予定!
























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