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2007. 09. 20  
■タイトル■
思いのままに生きてみたくて

■あらすじ■
目立つことを恐れて、毎日を地味に過ごす木村佳奈子。そんな彼女が変わり者の谷中祐一に、恋心を抱く。祐一は周囲の目を気にすることなく、自由奔放に生きる男の子。二人は次第に打ち解け、祐一は学校で佳奈子に、話しかけるようになる。しかし佳奈子は、クラスメートの目を気にして、気のない態度を取ってしまう。

☆本編☆
タイトル『思いのままに生きてみたくて』
「作文やってきた?」
「ああ、夜中の一時までかかったけどさ」
 三時間目の休み時間、クラスのみんなが楽しそうに談笑している中で、私はため息ばかり吐いていた。
 思うとおりにものを言ったり行動したりすれば、みんなに悪口言われるに決ってる。
 私が人目を気にしない、強い人間になればいいんだろうけど、そんなことできれば最初から苦労しない……。
 進歩のない自問自答を繰り返す私。そんな私の耳に、また彼のうわさ話が聞こえてきた。
「そういえば谷中のやつ、また学校に来なくなったな」
「どうせただのきまぐれだったんだろ?」
「ホント何考えてるのか、さっぱり分からないなぁ」
「まあ、あんまり関わらない方がいいんじゃない。俺達だって何されるか分からないぜ」
 誰もが彼のことを良く言わない。知らないから尚更なんだと思う。
 でも私は知っている。彼がみんなの言うような人じゃないことを……。私が彼を学校以外の場所で見たのは、六月初旬のことだった。
「いい天気……」
 その日は暑くもない寒くもない、丁度良いぽかぽか陽気。私は子供の頃からの喘息で病院へ行ったあと、森林公園を通って学校へ向かっていた。
 ベビーカーを押す若いお母さんとすれ違い、可愛らしい鳥のさえずりが聞こえる。長閑な空気が漂っていた。このまま休めたらいいのに……なんて思っていたそのとき……。
「ほら食べろ」
 不意に遊歩道から外れた森の中から、声が聞こえて私は足を止めた。
 何だろうかと思って見てみると、同じ学校の制服をきた男子生徒が、木の下に座っていた。
「ごちそうだぞ……おっ、お前結構食欲あるな餓えてたのか?」
 パンくずを手に乗せて、それを小鳥に与える一人の男子生徒。片目が隠れるほどの長い前髪に、すらりと伸びた長い脚。悪戯っぽい笑顔。
「あれは確か……」
 すぐには思い出せなかったけど、顔をよく見て思いだした。
 同じクラスの谷中祐一くんだった。
 谷中くんと言えば学校へはあまり来ない、印象の薄い男の子。偶に来たかと思えば机につっぷして居眠り、そしていつのまにか勝手に帰ってしまう。
 空手の初段を持っていて、ケンカが強いって聞いたこともある。だから何となく怖くて、不良みたいなイメージを持っている。
 でも……。
「痛ててっ、パンはまだまだあるから手までかじるなよ」
 みんなのうわさや学校での彼と比べると、ずいぶん違って見えた。何だかすごく生き生きして楽しそう。それに鳥たちを見る目は優しかった。
 彼は動物が好きなのかもしれない。そう言う人ってよくいる。
 もしそうだとしたら、怖い人ではないと思うけど……と、そこまで考えたとき、学校へ行く途中だったことを思い出した。
「もう行かなくちゃ」
 私はその場を立ち去り学校へ向かった。
 これが全ての始まりだった。

 谷中くんを見た翌日。
「谷中……谷中はどうした?」
「欠席ですよ昨日から」
「ったくまたか……」
 呆れたような顔をして、頭を掻く担任の先生。男子の何人かが、吹き出すように小声で笑っていた。
 私は空席になっている谷中くんの席を見て、昨日のことを思い出していた。
 あれは何だったんだろう……。やっぱり谷中くんと言えば、不登校ぎみでケンカが強い怖い人。
 だけど……。
 私は彼のことが気になり始めていた。

 それから十日ほどたったの六月の中頃。
 「ごほっ……ごほっ……」
 私は咳が酷くなってまた病院へ行っていた。そして学校へ向かう途中、森林公園を歩いていた。
「あ……」
 もしかしてまた谷中くんが居たりしてと、心の片隅で思っていると、あっさり彼は居た。
 この間と同じ木の下に彼は座っていた。
 でもちょっと様子がおかしかった。
「えっ……」
 目を瞑っていた。心地好い日差しの中で、谷中くんは眠っていた。
 驚いたことに彼が眠っているのにも拘わらず、鳥やリス達が周りに集まって来ていた。
 みんな彼にすっかり懐いているようだった。野生の動物なのに。
 不思議な光景だった。まるで映画のワンシーンのようだった。そんなことを思いながら、軽く足を踏み出そうとしたとき……。
「ごほっ……ごほっ……」
 思わず咳を堪えることができなかった。
 次の瞬間。
「あっ、待って!」
 鳥やリス達は危険を察知したように、一斉に逃げ出してしまった。
 脅かすつもりなんてなかったんだけど、そんなこと動物たちに分かるはずもない。
 間もなく谷中くんの瞼が動いた。
「う、うーん」
「あ……」
 私は離れるタイミングを、失ってしまっていた。寝起きでぼんやりした谷中くんの目が、私を捉える。
「誰だアンタ?」
「あ、あの……私」
「ん……?」
 谷中くんは私の顔をジッと覗き込んだ。
 私は名乗りづらくてもじもじしてしまう。
「えっと……」
「あ、何だ同じクラスの木村か」
 少しだけ考えたようだったけど、谷中くんは割と簡単に私の名を口にした。
 たまにしか学校へ来ないのに、私のことなんかよく覚えていたなぁと、ちょっと意外に感じた。
「お前もサボってるのか?」
「わ、私は病院へ行ったあとだから……その……これから学校へ行くから……」
 否定した声が上擦っていた。
 もしクラスのみんなに伝わって、誤解されたらと思うと怖かったのだ。非難されていじめられるに決まってるもの。
「どこか悪いのか?」
「喘息があって……ごほっ……それで」
「ふーん大変だな」
「だからあの、私はサボリじゃ」
「ははっ、分かってるよ。別にチクったりしないから安心しろよ」
 谷中くんは笑って言った。
 私はようやく安堵した。
「俺はここでお勉強するために、来てるんだけど」
「お勉強?」
「コイツだよ」
 谷中くんは傍らに重ねてあった文庫本を、ポンっと叩いた。何かの小説らしい。
 この間も木陰で読書しながら、鳥たちと戯れていたということだろうか。
 本当にまるでイメージの違う谷中くん。
「空気もいいし、ここで小説読むの最高なんだ。飽きたら鳥やらリスと遊べばいいし、疲れたら昼寝すればいいしさ……」
 学校に来ないでこうしていることが、良いのか悪いのか分からないけど、羨ましいと思った。
 私はこんなに人の目を気にせず、自由奔放に行動することはできない。
 だって怖い。思いのままに行動したり、ものを言ったりして、非難されるのが怖い。いじめられるのが怖い。
 現に谷中くんだっていつも、陰口を叩かれている。私はそんなのとても耐えられない。それなら自分の意思を押し殺す方が、ずっとマシだ。
「先生とかクラスの人に、何か言われても平気なの?」
「別にどうってことないよ。俺は気にしないね」
 谷中くんは空を見上げ、清々しそうに目を細めた。本当に気にしていないようだ。
「そういえばアイツらどこいったんだろ?」
「あいつら?」
「ああ、鳥やらリスのことだよ。確か昼寝する前は近くにいたんだけど……」
 谷中くんは辺りをきょろきょろと見回す。
「ごめんなさい私が咳をしたから……ごほっ……逃げちゃって」
「別に大丈夫だよ。またすぐ寄ってくるから」
「えっ、本当?」
「本当だよ。見てろよ」
「う、うん……」
 そんなのとても信じられないと思っていた。第一私も居るし。
 だけどしばらくすると一匹のリスが、木の陰から様子を伺うように、ひょこっと顔を出した。
「う、うそ……」
 そろそろと谷中くんの足下に近づいてきた。
「ほらな言ったとおりだろ? 俺、人間には好かれないけど、昔から動物には好かれんだよなぁ……はははっ」
 谷中くんは嬉しそうに笑った。子供みたいなちょっと可愛い笑顔だった。
 もしかしたら谷中くんは、すごく優しい人なのかもしれない。
 私は何だか安心して、彼の隣に腰を下ろしていた。

 翌日。昼食のお弁当を半分まで、食べかけたときだった。まるで特ダネを掴んだ記者のように、一人の男子が教室の中に走り込んできた。
「校舎裏で谷中がケンカだってよ!」
「マジ? おい早く見に行こうぜ」
 谷中くん。その名を聞いて胸がドキッとした。不安というより、心配な気持ちのせいだと思う。
 男子のケンカといったら、きっと口だけじゃなくて、殴り合いになるに決まってるもの。
 私もクラスメイトに交じって教室を出た。
「俺には構わないで下さいよ」
「生意気なんだよ。少しぐらい空手やってるからって、いい気になりやがって」
 校舎裏はものすごい人だかり。かろうじて二人の声が聞こえるだけだった。
 教室の窓から身を乗り出して、見物している人もいた。
 谷中くんどころか全然前が見えないから、私は非常階段に登って上から覗いてみた。
「弱い相手に勝ったぐらいで、いい気にはならないですけどね」
「何だと! 俺達三年が弱いだって?」
 顎を突き出し怒声を上げて、谷中くんを睨みつける三年生。今にも殴りかかりそうな感じだった。
 でも谷中くんは涼しい顔をして、相手を怒らせるようなことばかりいうから、見ている私の方がハラハラして苦しくなってしまう。
「三年生とかそういう問題じゃなくて、格闘技の訓練積んでない人は、俺には勝てませんよ」
「うるせぇ! その落ち着き払ったしゃべり方が、ムカツクんだよこの野郎!」
 ついに三年生が殴りかかった瞬間、私は怖くて目を瞑ってしまった。
 だってその三年生は谷中くんより背が高くて、がっしりした体つきなんだもの。
 でも再び目を開くと、うずくまって顔を押さえていたのは、三年生の方だった。
「なあ俺達の仲間に入れよ?」
 五時間目が始るまでの間、谷中くんの席にクラスの不良達が集まっていた。
「仲間ってなんの仲間だよ?」
「お前がいれば先輩も怖くないし、他の学校でデカイ顔してるやつを、シメることもできるしさぁ」
「俺、群れるのは好きじゃないし、遠慮しとくわ」
 谷中くんはまるで興味なさそうに、そっぽを向いてしまった。
 私は思った。やっぱり彼は変な人でも、怖い人でもない。動物と本が好きな、自由奔放に生きる優しい人なんだと。
 理由はよく分からないけど、彼は私の中でそういう存在になっていた。

 谷中くんのケンカの一件から、一週間が経過したある日。喘息の症状もかなり落ち着いてきた。
 私は病院から学校へ向かう途中、森林公園に寄っては、谷中くんと会うようになっていた。
「あの、これありがとう」
「どうだった?」
「うん、おもしろかったよ」
 谷中くんとの共通の話題は、小説と公園の動物たちのこと。
 実を言うと私は読書は得意な方じゃない。だけど谷中くんが貸してくれた本は、読んでいる。
 何だかとっても大切に読まなきゃって、気持ちになるのだ。
「主人公が苦労の連続だから、最後がジーンと来るんだよな」
「うん、私も感動したよ」
 いじめられっ子の主人公が、一人で世界中を旅して、成長してゆくストーリー。自由に生きる道を選ぶところは、まるで谷中くんみたい。彼は自分を重ねているのかもしれない。
 でも私は飽くまでも、お話しとしてしか見ることができなかった。
 谷中くんや小説の主人公のように、生きられたらいいとは思うけど、それはとても険しい道で、勇気のいることだもの……とても私には……。
「同じ作者のやつ二、三冊持ってきてるから、貸してやるよ」
「うん」
 私は谷中くんから文庫本を受け取った。貸してもらっただけなのに、プレゼントのように感じて嬉しくなった。
 谷中くんが触れた物だと思うと、なぜかドキドキした。
 さっそく本をしまおうと鞄を開けると、足下で何かが動いた。
「きゃっ」
「このリスもすっかり、木村に慣れたみたいだな」
「そうだね……」
 大きな目をしたリスが、首を傾げて私を見上げていた。
 動物たちと柔らかな木漏れ日。爽やかな風。
 病院から学校へ行くまでの僅かな時間だけど、私にとって特別な時間になっていた。
「しかしこんなところ誰かに見られたら、木村もサボりだって思われちまうな」
「えっ……」
「だって早めに病院が終ったんなら、まっすぐ学校へ行ってもいいはずだからな」
「それはでも授業の途中だし……キリが悪いから」
 口ではそう言いながらも、本当は少し違っていた。
 谷中くんがいる間にここに来たかったのだ。サボりにならない範囲でだけど。
「はははっ、木村はすぐマジになるなぁ。大丈夫だよ。もし何かあったら、俺が適当に言いつくろってやるからさ」
「あ、ありがとう」
 からかわれたのに、谷中くんの言葉が嬉しく感じていた。
 誰も知らない二人だけの時間。喘息は苦しいけれど、しばらく病院通いが続けばいいなと思っていた。

 七月に入り、昼夜問わずセミが鳴くようになっていた。
 遂に咳もなくなり通院の必要が無くなった。
 谷中くんとの接点が、なくなってしまうかと思ったが、彼は毎日学校へ来るようになっていた。
「よお、また新しいの買ったんだけど、もう読み終わったから貸してやるよ。コレも結構おもしろかったぜ」
「えっ……う、うん、ありがとう」
 谷中くんは学校でも、私に話しかけてくるようになった。
 それはとても嬉しいんだけど……。
「谷中のやつ、最近ちゃんと学校へ来るようになったよな。どうしたんだろ?」
「さあ……でも木村さんとばかり、しゃべってるわよね」
 好奇に満ちた、クラスメート達の視線が辛かった。
 変なうわさが立てば、非難されるに決まってる。いじめられるに決まってるんだ。
 私はそんなの嫌。だって耐えられないもの。

 私の想いとは裏腹に、谷中くんは頻繁に私の席にやってくるようになっていた。
「木村ぁ」
 私と違って皆の目を気にしている様子はない。でも私は……。
「一緒に昼飯食べようぜ」
「えっ……」
 谷中くんはコンビニのビニール袋を見せて、ニコッと笑った。
 私は胸が苦しくなった。既に二、三人のクラスメイトが、私達の方を見ている。そしてニヤニヤしているのだ。
 ここが教室ではなくて、いつもの森林公園なら、気兼ねなくお話し出来るのに……。
「激辛焼き豚おにぎりって、売ってたんだけどさ、木村も食べてみろよ。結構イケるんだよなコレ」
「あ、あの谷中くん……」
「ん?」
「み、みんながいるから……」
「みんながいるから何?」
「だからその……」
 何と言ったらいいか言葉に困ってしまう。
 下手な言い方をしたら、谷中くんが気を悪くしてしまうから。
「谷中と木村って、何かずいぶん親しげじゃないか?」
「そういえば最近よく話してるもんな」
 また私達のうわさ話をしてる。
 怖い、怖い、やめて。
 いじめられる、いじめられる。
「もしかて付き合ってるんじゃ……」
「……っ!?」
 その言葉に、心臓をギュッと鷲掴みにされたような、衝撃を覚えた。もうだめ、もうこれ以上は……。
 発作のように喉の奥が震えだした。
「おい木村、どうかしたのか? もしかして具合でも……」
「む、向こうへ……行って……」
「えっ?」
「お願いだから向こう行って!」
「木村……」
 苦しかったし怖かった。だから思わず悲鳴のような、大きな声を上げてしまった。
 うわさをしていたクラスメイト達も、驚いて私を見ている。
「わ、分かったよ」
「……っ」
「これ辛すぎるし、やっぱり一人で食べるわ。ははっ、じゃあな」
 酷い言い方をされたのにも拘わらず、谷中くんは笑いながら席に戻っていった。
 平気そうに見えたけど、きっと嫌な気持ちになったんだと思う。だって一瞬、悲しそうな顔してたもの……。
 どうしてこうなっちゃうの? どうして私はこんなに臆病なの?
 心の中にじわじわと自己嫌悪が広がり、やがてそれでいっぱいになった。

「谷中くん」
 授業が終わり、玄関で谷中くんの背中を見つけた私は、声をかけていた。
 一刻も早く謝りたかったのだ。
「あの、さっきは嫌ないい方して……ごめんなさい」
「ん……嫌ないい方って?」
「だから……その……私がお昼を断ったとき」
「ああ、別に気にしてないよ」
 その言葉を聞いても、私は安堵することはできなかった。
 だって谷中くん寂しそうだったから。
「でもさ木村も俺をガラス越しに見てるんだな……クラスの連中の目を気にするってことはさ」
「えっ……」
「ま、俺は変やつだろうから、仕方ないんだけどさ」
「ち、違うよ。私はそんなこと」
「いいんだよ。無理しなくたって……」
 谷中くんは自嘲するような笑みを浮かべた。
 私はそれ以上否定できなかった。
 もちろん谷中くんを、変な人だと思ってるんじゃない。私自身の問題なのだ。ずっとずっと引きずってきた、臆病な私自身の……。

 次の日、谷中くんは学校に来なかった。
 クラスメイトや担任の先生は、いつものことだと思っているのか、気に留めている様子はなかった。
 でも私は昨日のことが、原因じゃないだろうかと思っていた。
 それともやっぱり、ただの気まぐれなのか。
「すいません先生……」
 私は身体の不調を理由に早退した。谷中くんのことを考えると胸が苦しくて、とても授業どころじゃなかったのだ。
 身も心も重くなっていたけど、家に帰る途中、森林公園へ向かって走った。
「はぁ……はぁ」
 昼間なのに薄暗い。そういえば午後から雨だといってた。
 学校に来なかったんだからきっといるはず。
 またあの木の下で、小説を読んでいるに決まってる。『よおっ』て、笑いかけてくれるはず。
 でも……。
「谷中くん……」
 彼はいなかった。公園中どこを捜しても。
 頬にポツリと冷たい雫を感じた。

「あら、もういいの佳奈子?」
「うん、ごちそうさま……」
 その日は家に帰っても、何もする気が起きなかった。食欲も湧かなくて、すぐにベッドに潜り込んだ。
 お母さんは心配してくれたけど、とてもその理由を話す事なんて出来ない。だから私は暗い部屋の中で、一人枕を濡らすしかなかった。私がもっと別の人間に生まれていれば、勇気のある人になれたかもしれないのに……。
 無意味だと分かっていても、ついそんなことを考えてしまう。だって私は弱いんだ。虚しさとやるせなさに、何度も涙が溢れた。

「さて作文の方はできてるんだろうな……」
 先生が入って来て皆がおしゃべりをやめた。
 四時間目。今日は一人一人、作文を読み上げることになっている。
 テーマは『私の好きなこと』
 私は終盤になった頃、先生に呼ばれて黒板の前に立った。
「私の好きなこと、それはテレビを見ながらお茶を飲むことです……」
 私は淡々と作文を読み上げる。
 その内容も目立たなく、当たり障りのないもの。それが一番いいのよ。
「木村さんって地味よね」
「ああ、ほんと存在感薄いよな」
 クラスメイトが小声で話しているのが聞こえた。そうよ私は地味で目立たない。ずっとそうしてきたの。これからもそれは変わりはしないわ。みんなと違うことをして、いじめられるよりは、ずっといいはずだもの……。
 心の中で自虐的な言葉を呟きながら、私のつまらない作文が、文末に差し掛かる。
「えっ……」
 そのとき静まり返った教室の中に、不意に戸の開く音が響いた。
 私を含めたみんながそちらの方を見る。
「お前いま何時だと思ってるんだ?」
「えっと十一時五十二分ってとこっスかね……はははっ、昼飯には間に合いましたね」
 先生の厳しい口調にも拘わらず、悪戯っぽい笑みを浮かべる一人の男子。谷中くんだった。よかった学校に来たんだ……。私は思わず安堵していた。
「こんな時間にきて何考えてるんだか」
「ホントきまぐれよね」
 クラスメイト達は口々に揶揄するが、私は嬉しかった。だって私は谷中くんが好きなんだから……。
 先生が続けるように手を挙げて促してきた。
「ケーキやクッキーを用意すると、お茶が一層美味しくなり……」
「結局、谷中と木村はどうだったんだ?」
「別に何でもないんでしょ。谷中くんって結構女子の間で人気あるし、木村さんなんて相手にするはずないもんね」
 その言葉に胸がズキンと痛んだ。
 そうだよね。きっと他に好きな人がいるんだよね。私なんて……。
 そうやって自分に言い聞かせ、あきらめようとしていた矢先、谷中くんと目が合った。
「……っ!?」
 一瞬寂しげな笑みを見せ、すぐに視線をそらした谷中くん。私は思わず息を飲み、言葉が止まってしまった。
「どうした? 読みなさい」
 そのとき先生の声は耳に響いていなかった。
 ただ私の中で、もう一人の私が問い掛けていた。『本当にこのままでいいの?』と。それに対する答えは最初から出ている。ただずっと言えなかっただけで……。
 こんなの嫌! 私だって本当はもっとしたいことや、言いたいことがあるのよ!!
 そう心の中で叫んで、いつものように本音を押し殺したはずだった。
 でも……。
「なんだ?」
 谷中くんの顔を見ていたら、我慢の限界のように唇が震えた。
「本当に私が好きなこと、それは……」
「終わりじゃなかったのかよ?」
「好きな人と……一緒にいること……です」
「ちょっとやだ……これってもしかして、告白じゃないの?」
 教室の中が騒然となった。
「静かにしろ」
 先生が注意してもざわめきは止まらなかった。今まで興味なさそうに、下を向いていたクラスメイト達も、私の方を見ていた。
 一瞬怖くなった。でも言葉は止まらなかった。どうしても言いたいという、危機感にも似た強い欲求が、あったのだと思う。
「その人は縛られるのが嫌いで、いつも公園で本を読んでいて……」
 私の目に教室やクラスメイト達は、映っていなかった。ただ森林公園の情景が鮮やかに蘇り、それが言葉に変わった。
 「鳥やリスが大好きで、私にいつも優しくしてくれます……」
 耳を澄ますと鳥のさえずりが聞こえ、可愛らしいリスが首を傾げる。そして谷中くんの笑顔が、私の心をいっぱいにした。
「だから私は好きな人と一緒に過ごすことが、一番好きなことです」
 言い終えると同時にチャイムが鳴った。そこで私は夢から覚めるように我に返った。
「続きは昼食を挟んで五時間目だ」
 フラフラと席に戻ると徐々に緊張が解けて、不思議とスッキリした気持ちになっていった。
 私は先生が出ていったあと、皆の視線を感じながらも、谷中くんの席へ行った。
「木村お前……」
 谷中くんは少し驚いた顔で私を見上げた。
「谷中くんあのね」
「な、何だよ?」
「お昼ごはん……一緒に食べようよ」
「えっ」
 以前の私なら周りを気にして、とても口にできない言葉だった。
 でも今は谷中くんの顔を見ただけで、自然と口から滑り出した。
 さっきの告白で、言いたいことをはっきり言うことが、少しだけできるようになったのかも知れない。
「そりゃ構わないけど……でもいいのか?」
「うん」
「じゃあ、今日は激辛サンドイッチ買ってきたから、二人でひぃひぃ言いながら食べるか」
「賛成!」
 谷中くんの笑顔に、私は声を弾ませて頷いていた。昨日までのことを考えると、今の自分が信じられなくて、ちょっと驚いた。
 私は思い始めていた。正直言ってまだ人の目は気になるけれど、思いのままに行動してみようと。
 臆病な私だけど、谷中くんと一緒ならきっとできると思う。
★END★
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プロフィール

優妃崎章人

Author:優妃崎章人
■PNなど■
商業PN・優妃崎章人(ゆいざきあきひと)
同人PN・松永佳宏 (まつながよしひろ)
フリーシナリオライター・小説家
北海道旭川市在住

■仕事歴・小説などの出版物、著書■
パラダイム出版様より出版。アトリエさくら様原作『通勤痴漢電車アキバ行き』~女子校生に這い寄る無数の手~ ノベライズを担当

パラダイム出版様より出版。Softhouse-Seal様原作『魔物っ娘ふぁんたじ~』ノベライズを担当

パラダイム出版様より出版。May-Be SOFT様原作『へんしーん!!! ~パンツになってクンクンペロペロ~』ノベライズを担当

パラダイム出版様より出版。アイルチームドレイク様原作『恥感~少女は悦楽行きの電車に乗って~』ノベライズを担当

■仕事歴・シナリオ・企画など■
フレイルソフト様にて『隣の席のギャルピッチ』~僕は彼女のセックスフレンド!? シナリオを担当させていただきました。
http://www.frailsoft.com/

WHITESOFT様にて『さくらシンクロニシティ』
シナリオの一部を担当させていただきました。
http://white-soft.jp/

ANIM様にて『もしも用務員のおじさんが催眠を覚えたら…』
シナリオの一部を担当させていただきました。
http://www.hs-crowd.co.jp/anim/a_top.html

同人サークル・ソーラレイ様にて『オジサン泊めて 家出ギャルとのWINWINセックスライフ』シナリオ全て担当
http://www.solarray.jp/

アイル様にて『売淫令嬢~周芳院櫻子の罪穢~』シナリオ一部担当
http://www.ail-soft.com

サークルかぐら堂様にて『妹のオモチャにされてしまう僕』プロット作成・メインシナリオ担当
http://kagurado.net/top.html

アイル様にて『魔ヲ受胎セシ処女(おとめ)ノ苦悦2』シナリオ一部担当
http://www.ail-soft.com/

Norn様Mielにて『人妻柚希さんの筆おろしレッスン』シナリオ全て担当・演出指定
http://www.miel-soft.com/hitoduma/hitoduma_index.html 

HINA SOFT桃雛様にて『ママの運動会シナリオ一部担当』
http://www.hina-soft.com/ 

株式会社ネクストン・liquid様にて『催眠陵辱学園シナリオ一部担当』
http://www.tactics.ne.jp/~liquid/saimin/index.htm 

株式会社キューマックス・mini-mam様にて『女将静香』シナリオ一部担当
http://www.qmax.co.nz/mini-mam/okami/okami_top.html 

株式会社シュピール・ラブジュース様にて『辱アナ』
(企画書作成・キャラ設定・作画指定書作成・プロット作成・フローチャート作成・全シナリオ{全キャラ全シーン。テキスト量約1MB}を担当
http://www.love-juice.jp/product/ana/new_ana.htm

有限会社マリゴールド・アンダームーン様にて『D-spray』(子安愛、エッチシーン3つを担当しました)
http://www.marigold.co.jp/undermoon/OL/index.html

有限会社マリゴールド・ルネ様にて『女優菜々子』(メインライターとして、全キャラクターのメインシナリオと、調教パートの一部を担当しました。全体の七割半、テキスト量にして750KBほど)
http://marigold.kululu.net/lune/nanako/index.html 

その他、メーカー様のご都合により、公開できないお仕事歴有り。

■同人歴■ 
サークルくまくまかふぇ 同人ソフト・『ツインずテ~ル』企画・原作・全シナリオ担当・フローチャート作成
http://kuma2cafe.rejec.net/blog/

サークルくまくまかふぇ 『蛙の鳴き声』(企画・原作・全シナリオ担当)

■お仕事依頼など■
ゲームソフト企画制作及び、シナリオ執筆業務。小説執筆、その他企画制作など、承っております。サンプル作品などご希望の場合は、下記アドレスまで、お気軽にご連絡下さい。恐れ入りますが、全角の部分を半角に打ち直して、ご送信下さい。宜しくお願い申し上げます。

KIRIKO27@hotmail.co.jp

■お打ち合わせなど■
全国どこへでも、赴くことが可能でございます。こちらについても、お気軽にご相談下さいませ。

■著書・小説などの書籍■








■シナリオや企画を担当したゲームソフトなど■
『隣の席のギャルビッチ ~僕は彼女のセックスフレンド!?~』 ダウンロード:2016年04月15日(金) 発売予定!
























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