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2008. 03. 20  
サンプル作品を追加いたしました。何だか振り返ってみると、リストカットやら自殺未遂やら、暗いネタばかりになってます。
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2008. 03. 20  
■タイトル■
あたしの終戦

■あらすじ■
学校でのいじめと父・鈴木俊男(すずきとしお)からの折檻で、鈴木優奈(すずきゆな)は長年にわたって引きこもり生活を続けていた。そんな優奈も二十五になったある日、優奈は俊男の何気ない変化に気づく。俊男の変化と自らの変化を認めたそのとき、優奈の長かった暗いトンネルは終わりを告げる。

☆本編☆
タイトル『あたしの終戦』
 あたしは空腹を覚えて部屋を出た。
 もう午後十時になろうとしているけど、昼夜逆転したあたしは朝方にポテトチップスを食べて以来、まだ何も食べていない。
 今年で二十五。もうこんな生活を十年以上続けている。それが世間でいう、引きこもりだという認識はあるつもりだ。
 茶の間へ続くドアの磨りガラスから、明かりが漏れている。
 そっと近づいてみるとテレビの音が聞えた。それからすててこを穿いて、ソファに寝転がっているあの人の姿が目に入ると、約束を破られたような気持ちになった。途端にいらいらしてくる。
 いつもは午後九時には寝室へ引き上げるはずなのに、何でまだ茶の間に居るのよ!
 あたしは固く握った拳を振るわせながら、心の中でそう吐き捨てた。
 すぐに部屋に戻ろうと思ったけど、なぜこんな時間まであの人が起きているのか、ちょっと気になった。
 耳をそばだててみると、余命二ヶ月だとか精一杯生きるだとか、そんな悲壮感漂う言葉が聞き取れた。
 末期ガンか何か、不治の病にかかった人が主人公のドラマだろう。確かいま流行のやつだ。
 美容室でパーマをかけたばかりのお母さんが、ニヤニヤしながらあの人の顔をのぞき込む。
「あらお父さん泣いてるの?」
「馬鹿、何でお前はそういうこというの? いいだろ別に」
 邪魔されたと思ったのか、あるいは恥ずかしかったからか、あの人はふてくされたような声を出していた。白髪混じりの七三分けの頭は寝癖が付いて崩れている。
 あたしは思わず磨りガラスと透明なガラスの隙間から、あの人の顔をのぞき見た。
「……っ」
 睨まれるとゾッとするあの人の鋭い目は、確かに赤く充血していた。
 あの人が泣いたところなんて、おじいちゃんのお葬式ぐらいでしか見たことがない。
 いくらドラマが上手くできているからって、なぜ涙ぐんだりするんだろう。
 以前なら同じようなドラマを見ても、目を潤ませることはなかった。
 ドラマや映画を見て泣くなんて、馬鹿馬鹿しいといわんばかりだった。
 本当にあの人はどうしたんだろう。これが歳をとって丸くなるということなのだろうか。

 同じメールを何度も閉じたり開いたり。
 外注シナリオライター、報酬は1KBにつき千円。二十日締めの月末支給。
 書きためたシナリオを、パソコンゲームメーカに送ってみたら、思いがけず採用の返事がきた。まだやるかやらないか迷っている。
 子供の頃から作文が得意で、シナリオや小説を書くのが好きだった。国語の成績は上の下ぐらい。
 でも成績なんか良くても悪くても、こっ酷くいじめられれば学校へ行けなくなる。そして家で無理解な父親に殴られれば、全ての気力がなくなり、立派な引きこもりの完成だ。
 何も生み出すこともなく、永遠と現実から目を背ける日々が続く。そんな中たまにちゃんと朝起きて夜寝るという日が続くと、学校へ行ったり働いたり、できるんじゃないかと思うことがある。
 そんなときの気持ちを、本気にしちゃいけないんだと思う。
 現実はあたしが思っているよりも、遙かに理不尽で厳しいものだろう。
 身の程も知らず出て行けば、不ざまに挫折して深く傷つくだけだ。
 でも……。
 あたしだって人並みの人間になって、せめて同世代の人達に、普通の大人だと認めて欲しい。そんな思いがある。
 いつからそんな風に考えるようになったのか、それはわからないけど。

 あれは中学二年、まだ肌寒い一学期の始め頃。
「やぁだぁ、痛いぃ! 学校行きたくないぃ!」
「甘ったれるなコイツ!」
 あの人は頭から被っていた布団を無理矢理はぎ取り、あたしの胸ぐらをつかむと、頬を力いっぱい手のひらで打った。
 恐ろしさと痛みに耐えかね手でふせごうとすると、今度は頭を叩かれ、意識がもうろうとした。
 怒鳴り声と泣き声を聞いてか、すぐにお母さんがやってくる。
「お父さん殴るのはだめよ! やめて!」
「うるさい! いじめられたぐらいで休むようじゃ、社会に出たら生きていけないだけだ! お前が甘やかすからだぞ!」
 止めに入ったお母さんにも、怒声と共に平手が飛んだ。
 綺麗にセットした髪がくしゃくしゃになり、お母さんの目尻に涙が浮かぶ。
 あたしは許せなくて、思わずあの人を睨みつけた。
「優奈(ゆな)なんだその目は? ああっ、コラっ!!」
 あたしの視線から憎しみを感じ取ったのか、あの人は恫喝に近い台詞を吐いた。
 眉間のしわと見開いた目に、あたしに対する憎しみがにじみ出ていた。
 あたしが殴られるとお母さんまで殴られる。いつもそうだった。
「何か言いたいことがあるんなら、飲まないで言えばいいでしょ! 何で飲んだときばかりなのよ!」
 泣き声になりながらも、お母さんは敢然と訴える。
 あの人の目がさらに鋭くなる。
「なにぃ! そ、そんなこと、関係あるかこの野郎!」
 痛いところを突かれたと感じたのか、あの人はムキになって大声を張り上げ、またお母さんの顔を殴りつけた。
 あの人が何か怒るときは、いつもお酒が入っているときばかりだった。
 恐らくしらふのときは、もともと気の強い性格ではないから、言いたいことが言えないのだと思う。その安っぽさがよけい腹立たしかった。
 悔しい! 悔しい!! 悔しい!!!
 あたしが苦しんでるのも知らないで、ただなまけていると決めつけて。
 あたしにもっと力があったら、いつか仕返ししてやりたい。
 いっそ自殺して困らせてやろうか? 遺書にあの人のせいだと書いて。
 こんなことを繰り返すうちに、あたしの中でお父さんはお父さんではなくなり、あの人となった。それはごく自然な流れだった。

 数日後、相も変わらず夜型の生活が続いていた。
 あたしは自分の部屋でアニメを見ながら、ミートソースを食べていた。
 アニメはあたしが小学生の頃、流行っていたもの。何種類かをローテーションさせて見続けている。
 アニメを見てないときはそれがゲームに変わるだけ。それに飽きればシナリオか小説を書く。
 外界からの情報を一切遮断し、ひたすら楽しい時間に浸ること、それであたしはなんとか命をつないできた。
 きっと他の引きこもりの人達も、同じだと思う。
 サラダのトマトを口に運んだとき、ノックする音が聞こえた。
「誰?」
「優奈、ちょっと話があるんだけど」
 声色でお母さんだと確認が取れた。カチャリと鍵を外す。
 あの人はいま入院中だから、部屋に来ることは絶対ないんだけど、いつも戸締まりは厳重にしている。
 最初の頃はあの人に対して、激しい拒絶感をもってやっていたけど、最近では習慣になってやり続けている感じだ。
 確かあたしが精神科でカウンセリングを受けるようになってから、あの人が部屋に押しかけて来ることはなくなった。医者に注意されたからだと思う。
「なにお母さん?」
 あたしはドアを開けてお母さんを中に入れた。お母さんはベッドの上に腰を下ろす。
「お父さんのことなんだけど……」
「あの人のこと?」
「手術の前に一度でいいから、お父さんのところへ行って欲しいんだけど」
「何でよ?」
 あたしは不機嫌そうな声を返した。
 あの人の手術。きっかけは会社の健康診断だったらしい。
 前々から息切れが酷く、心臓をいったん取り出さなければならないほどの、大手術を受けることになっている。
「もし失敗したら死ぬかもしれないのよ」
「そんなの……あたしに関係ない」
 あたしはそういって目を細めた。お母さんは悲しそうな顔になる。
 唾をごくんと飲み込むと、胸の奥がズキッと痛んだ。
 でもこの胸の痛みはお母さんに対してではなく、自分の吐いた言葉に対してのものだった。
 あたしにとってあの人は憎い相手なのに、なぜこんな気持ちになるんだろう。以前はこんなことなかったのに。
「そんな関係ないって……」
「だ、だってそうでしょ、お母さんだってさんざん殴られて何とも思わないの?」
 言いながらそこまで言うことないという気持ちが、自分の中にあるのがわかった。
 でもそれを何だか、認められないという気持ちも同時にあった。
「それは悔しいとは思ったけど、それとこれは話が別でしょ。やっぱりおかしいわよ家族なんだから」
 お母さんに諭すように言われ、あたしは黙り込んだ。まだ胸が痛んでいる。
 反論する気は起きなかった。理屈ではお母さんの言うとおりだと思う。
 だけどあたしの中にまだ解決できない何かがある。それがあの人に対する恨みなのか何なのか、わからないけど。
「行くかどうかわかんない……」
「わかったわ、好きにしなさい。お母さんは行くけど」
 お母さんはため息を吐いていた。
 あたしはどうしたらいいんだろう。心の中で呟いたその言葉が、波紋となって広がっていった。

 いつもより遅くベッドに入ったあたし。いろいろ考えたせいで、なかなか寝付けなかった。結論は何も出ていない。
 それでもようやく眠りかけた頃、薄暗い室内に着信メロディーが鳴り響いた。
 せっかく眠れるところだったのに、何でお母さんはこうもタイミング悪く、メールしてくるのだろう。そう思いながら携帯を開いた。
――――――――――――――――――――
 もしものこともあるので、念のためいっておきたいことがあります。
 むかし殴ったりして悪かったと思っている。優奈は自分の好きだと思うことをすればいい。ただ身体には気をつけて。たまにはお母さんを助けてやってくれ。お父さんより
――――――――――――――――――――
 ぼんやりしていた意識の輪郭が、あっという間にくっきりしていく。
 あたしが病院へ行くと言わなかったから、お母さんがあの人にアドレスを教えたのだろう。
 あの人からメールというのは驚きではあったが、内容がまた驚きだった。
 このメールと同じことを、あたしは三年前に言われたことがある。
 お母さんに頼まれて、たった一度だけあの人の誕生日に、一緒に食事したときのことだ。
 あの人はしこたま日本酒を飲んで、酔っぱらっていた。
『優奈ぁ、殴ったりして悪かったなぁ。ごめんなぁ』
 ニヤニヤしてろれつの回らない状態で、あの人はあたしに絡むように言った。
 あたしは何も言わなかった。いや言いたくなかった。腹立たしくてだまって席を立った。
 そういう大切なことは、しらふのときにいってほしかった。酔っているんじゃ信用できないし、不謹慎だと思った。
 ただ今思えば、気の弱いところがあるし言いづらいことだろうから、お酒の力をかりたのかもしれない……。
 あたしは何も返信せず携帯を閉じた。目を瞑ると憂鬱な気持ちがじわじわと、あたしの中に広がっていった。

 あたしが悪いの? みんなが学校でいじめたから、あの人があたしを何度も殴ったから、こうなったんじゃないの?
 そもそもあたしみたいな、おかしな人間が生まれてきたから悪いの?
 自問自答しながら、手首にカッターの刃先を突き立てる。
 ちくちくとした痛みと共に、赤いふくらみがいくつも生まれる。
 こんな気持ちになるのは久しぶりだった。痛みを感じ血液がにじみ出る度に、あたしは深いよどみの中に落ちていく。
 全てがどうすることも、できないように感じる。
 全てが間違いのように感じる。
 何をしても気分が晴れない……。
 何をしてもすぐにやめてしまう……。
 せめて眠れたらいいのにそれも叶わない。
 ああ、早く落ち着いて欲しい。
 ああ、早く心の発作が止まって欲しい。
 そうじゃないとあたしは、今にも消えてしまいそう。

 ぴかぴかに磨き上げられた床。ちょうど昼食を終えた直後なのか、トレーを載せたワゴンが廊下の半分を占領していた。病院給食特有の匂いが漂っている。
 六階六百十九号室。
 あたしはお母さんからのメモを頼りに、医大に来ていた。
 ほとんど眠らずにきたから目が渋い。
 お母さんはあたしの手首の傷を見て、まるで自分のことのように、痛々しそうな顔をしていた。どうしてそんなことをしたのかと、何度も聞いていた。
 あたしは答えなかった。
 お母さんには悪いとは思うけど、ああしてなかったら、あたしは死んでいたかもしれない。
 でも心と身体を傷つけ一つ結論が出た。
 あの人が変わったのか、直に会って確かめてみたい。メールに書いてあったことが本当なのか確かめてみたい。そう思ってここにやってきたのだ。
 あたしは入り口であの人の名を確認した。手首の傷を長袖でかくしチラリと中をのぞくと、部屋は四人部屋だった。
 検査か何かで今はいないのか、室内にはあの人と白髪のおじさんの二人しかいなかった。
 あたしは病室に入り、白髪のおじさんに軽く会釈した。それから窓際のあの人のところへいった。
「お、おう、どうした」
 さっそくあの人は意外そうな声を出した。
 やはりあたしが来たとに驚いているようだ。
 あたしはあの人の、着替えが入った紙袋を枕元に置いた。
「げ、元気か?」
「あ……うん」
 思わず声を出して返事をしてしまった。自分でいっておいてちょっとショックだった。
「これ着替え……お母さんにもっていってって言われたから」
「そうかすまんな。昼飯食べたのか?」
「まだ……」
「そうか、そこ座れよ」
 あたしはベッドの横にある、背もたれのない椅子に腰を下ろした。
 世間話をするつもりで、やってきたわけではないから、自然と冷たい表情になり無言になってしまう。
 あの人は少し困ったような顔をしている。
「そ、そうだウーロン茶あるから飲めよ」
 会話するきっかけをつかもうとしてか、あの人はサイドテーブルの中から、ウーロン茶のミニボトルを取り出した。
 あたしはそれを黙って受け取った。ちょうど喉が渇いていたので、キャップを開けてすぐに口をつけた。
「母さんはどうしてる?」
「別に何も……仕事行った」
 下を向いて抑揚なく答えた。またウーロン茶を一口する。ぬるかった。
「まあ手術はほぼ間違いなくだいじょうぶらしいんだけどな、まれに失敗して死ぬらしいからな……はははっ、がっかりしたか?」
 自虐的なことを言いながらも、あの人はぎこちない笑みを絶やさない。そんなにあたしと楽しく会話したいのだろうか。
 最早あたしやお母さんを殴っていた頃の勢いはすっかり影を潜め、老いた上に頬はこけてやつれたという印象が強かった。
「ううん……別に」
 昔のあたしなら頷いていたと思う。だけど今のあたしの中には、死んで欲しいという気持ちはなかった。
 あの人が湯飲みのお茶に口をつけた。
「メール……届いたか?」
 湯飲みを置いて一呼吸、少し言いづらそうに尋ねてきた。
 きっとなんだかんだで、気になっていたことはこれだったのだろう。
 あたしは黙って頷いた。
「そうか! これでも会社のジジイ連中の中じゃ、一番最初にインターネットできるようになったんだぞ」
 あの人は携帯電話を持って、子供のように喜んだ。何か山を越えたあとのように、リラックスしていた。
 会話があまりにもぎこちなくて少し疲れたけど、あたしは思っていた。
 あのメールに書いてあったことは本当だ。あたしとこの人の戦争は、もうずいぶん前に終結していたんだ。
 この人は変わった。葛藤を繰り返し歳を重ねていくうちに変わった。こんなにも長く引きこもることになったのは、あたしが理解して許せるようになるまで、時間がかかったせいだろう。
 あたしはずっと気づかなかったけど、この人はこの人で、親として大人として成熟していったんだ。
 あたしはこれから少しずつ、戦争のない日々に慣れていけばいいのかな。
 あたしは帰り道、病院の門までまっすぐ歩いた。そして立ち止まり、ポケットから携帯を取り出すと、あの人からのメールに
――――――――――――――――――――
わかった。
――――――――――――――――――――
と、だけ返信した。

 夢を見た。
 あの人と戦争をしている頃の夢。部屋に必死に閉じこもっている頃の夢。
 今更なぜこんな夢を見たんだろう。もうあの人との戦争は終結したのに……。
 あたしは外の世界に出るのが怖い。
 あの人との戦争は終わったのだから、もうあたし次第なんだ。だけどあたしは外の世界でやっていける自信がない。
 中学の頃から今まで引きこもっていたあたしが、世の中に通用するのだろうか。外に出て普通の人の顔をして大丈夫なのだろうか。それが一番不安なんだ。
 解決していない何かとは、あの人のことではなくて、あたし自身のことだった。
 あたしはもう大丈夫なのかな……。
 カーテンの隙間から差し込んだ朝日が、カーペットの一角だけを明るくしていた。車の走り去る音が徐々に多くなり、あたしは目を瞑った。

 二度寝して午後三時頃に目が覚めた。口の中がざらざらして気持ち悪い。
 あたしは起き上がって台所へ行った。冷蔵庫からオレンジジュースの紙パックを出してコップに注いでいると、お母さんがやってきた。
「あのね優奈、ちょっといい?」
「なにお母さん?」
 お母さんが食卓テーブルの椅子に座った。雰囲気からして何か大事な話だろう。あたしも対面に座った。
「お小遣いのことなんだけどね」
「お小遣い?」
「これからは今までより、少なくなるかもしれないのよ」
「えっ」
「お父さんの病院代かなりかかるし、先のこともあるから余裕ないのよ」
 お母さんはすまなそうな顔をしてそういった。それを見ていたあたしは、申し訳ない気持ちになった。
 あたしは引きこもって以来いい歳になった今まで、ずっとお小遣いをもらっている。
 悪いを通り越して情け無い気すらするが、だからといって自分で稼ぐ自信はまだない……。
「だから我慢してね……」
「う、うん……」
 お母さんそんな顔しないで。本当ならお小遣いなんてあげる必要ないんだから。
 あたしは思わず心の中でそう呟いた。でももういらないという一言を、口にすることができない。
「お母さん達が死んだ後も、優奈が食べていけるようにって考えると、今から節約しないとこの先何があるかわからないから」
 あたしみたいな人間の行く末を、そこまで心配してくれて……。そう思うとお母さんの気持ちは嬉しかった。
 けれどこのまま両親に養われ、一生を終えるのかと思うと、やりきれない気持ちになった。
 これじゃあたしはいつまでたっても、一人の人間として認めてもらえない気がする。
 そんなのあたしは……。
「あ、あのねお母さん……」
 心の声が蓄積して堪らなくなったそのとき、あたしの口が動いた。
「ん……?」
 お母さんがあたしを見る。
 自分から言っておいて胸がドキドキした。今ならまだ間に合うと思った。でもここで戻ってしまっては、最初の一歩を踏み出すことができない。あたしは勇気を振り絞った。
「あたし……働こうかと思ってるの」
「えっ?」
 一瞬驚いたような声を上げ、固まってしまったお母さん。目を大きく見開いていた。
 自分が大それたことを、言っている気がして少し怖くなった。
「お、お小遣いぐらい、自分で何とかしようと思って……」
「何とかって優奈……」
「あたしだって大人だし、みんな働いてるし」
「そ、それはそうだけど……」
 お母さんは無理じゃないの? と、言いたくても言えず困っているようだった。
 ずっと引きこもっていたあたしが、突然働くなんていったから無理もない話だけど、もう何もしないなんて嫌だと思った。
「家でできる仕事なんだけどね。やってみようかと思って」
 今回の気持ちはいつもと違うと思う。できるかもではなく、何かやりたいという強い意志があたしの中にあるのだ。
 あの人に酷いことを言って胸が痛んだのも、あの人のことでお母さんに反論しなかったのも、あたしが変わり始めていたからなんだ。
 ゲームメーカーにシナリオを送ったことといい、自分では気づかなかったけど、あたしはもう昔のあたしではなくなっていた。だから今の気持ち信じていいと思う。
「仕事ってどんな仕事なの?」
「パソコンゲームのねシナリオを書く仕事。採用のメールがきたからやろうかと思って」
「すごいわね、脚本家じゃない! おめでとう!」
「う、うん。ありがとう」
 感激して喜んでくれるお母さんを前にして、あたしは少し照れくさくなってしまう。
 すごいなんて言われること何年もなかったし、もちろんこの先もずっとないと思ってたから。
「頑張ってね。お母さん応援するから」
「うん、ありがとう、お母さん」
 思えばお母さんって、いつも素直で優しい人だった気がする。
 あたしは嬉しくて胸がキュンとなった。
 こんな人間らしい暖かい感覚は、何年ぶりだろうか。
「じゃあこのことお父さんに……あっ!」
 そう言いかけてお母さんは途中でやめた。嬉しくてつい口が滑ってしまったのだろう。
 そのときあたしの中で、何かがゆっくりと溶け出していくのがわかった。何十年もかたくなだった何かが……。「いいよ」
「えっ……」
「いいよ、あの人に……お父さんに言っても」
 久しく口にすることのなかったこの言葉。正直いってまだ抵抗はある。でもあたしは自分でも意外に思うほど、自然な笑みを浮かべていた。
―終わり―
2008. 03. 02  
なんだかんだでもう三月、早く暖かくなって欲しいです。
プロフィール

優妃崎章人

Author:優妃崎章人
■PNなど■
商業PN・優妃崎章人(ゆいざきあきひと)
同人PN・松永佳宏 (まつながよしひろ)
フリーシナリオライター・小説家
北海道旭川市在住

■仕事歴・小説などの出版物、著書■
パラダイム出版様より出版。アトリエさくら様原作『通勤痴漢電車アキバ行き』~女子校生に這い寄る無数の手~ ノベライズを担当

パラダイム出版様より出版。Softhouse-Seal様原作『魔物っ娘ふぁんたじ~』ノベライズを担当

パラダイム出版様より出版。May-Be SOFT様原作『へんしーん!!! ~パンツになってクンクンペロペロ~』ノベライズを担当

パラダイム出版様より出版。アイルチームドレイク様原作『恥感~少女は悦楽行きの電車に乗って~』ノベライズを担当

■仕事歴・シナリオ・企画など■
フレイルソフト様にて『隣の席のギャルピッチ』~僕は彼女のセックスフレンド!? シナリオを担当させていただきました。
http://www.frailsoft.com/

WHITESOFT様にて『さくらシンクロニシティ』
シナリオの一部を担当させていただきました。
http://white-soft.jp/

ANIM様にて『もしも用務員のおじさんが催眠を覚えたら…』
シナリオの一部を担当させていただきました。
http://www.hs-crowd.co.jp/anim/a_top.html

同人サークル・ソーラレイ様にて『オジサン泊めて 家出ギャルとのWINWINセックスライフ』シナリオ全て担当
http://www.solarray.jp/

アイル様にて『売淫令嬢~周芳院櫻子の罪穢~』シナリオ一部担当
http://www.ail-soft.com

サークルかぐら堂様にて『妹のオモチャにされてしまう僕』プロット作成・メインシナリオ担当
http://kagurado.net/top.html

アイル様にて『魔ヲ受胎セシ処女(おとめ)ノ苦悦2』シナリオ一部担当
http://www.ail-soft.com/

Norn様Mielにて『人妻柚希さんの筆おろしレッスン』シナリオ全て担当・演出指定
http://www.miel-soft.com/hitoduma/hitoduma_index.html 

HINA SOFT桃雛様にて『ママの運動会シナリオ一部担当』
http://www.hina-soft.com/ 

株式会社ネクストン・liquid様にて『催眠陵辱学園シナリオ一部担当』
http://www.tactics.ne.jp/~liquid/saimin/index.htm 

株式会社キューマックス・mini-mam様にて『女将静香』シナリオ一部担当
http://www.qmax.co.nz/mini-mam/okami/okami_top.html 

株式会社シュピール・ラブジュース様にて『辱アナ』
(企画書作成・キャラ設定・作画指定書作成・プロット作成・フローチャート作成・全シナリオ{全キャラ全シーン。テキスト量約1MB}を担当
http://www.love-juice.jp/product/ana/new_ana.htm

有限会社マリゴールド・アンダームーン様にて『D-spray』(子安愛、エッチシーン3つを担当しました)
http://www.marigold.co.jp/undermoon/OL/index.html

有限会社マリゴールド・ルネ様にて『女優菜々子』(メインライターとして、全キャラクターのメインシナリオと、調教パートの一部を担当しました。全体の七割半、テキスト量にして750KBほど)
http://marigold.kululu.net/lune/nanako/index.html 

その他、メーカー様のご都合により、公開できないお仕事歴有り。

■同人歴■ 
サークルくまくまかふぇ 同人ソフト・『ツインずテ~ル』企画・原作・全シナリオ担当・フローチャート作成
http://kuma2cafe.rejec.net/blog/

サークルくまくまかふぇ 『蛙の鳴き声』(企画・原作・全シナリオ担当)

■お仕事依頼など■
ゲームソフト企画制作及び、シナリオ執筆業務。小説執筆、その他企画制作など、承っております。サンプル作品などご希望の場合は、下記アドレスまで、お気軽にご連絡下さい。恐れ入りますが、全角の部分を半角に打ち直して、ご送信下さい。宜しくお願い申し上げます。

KIRIKO27@hotmail.co.jp

■お打ち合わせなど■
全国どこへでも、赴くことが可能でございます。こちらについても、お気軽にご相談下さいませ。

■著書・小説などの書籍■








■シナリオや企画を担当したゲームソフトなど■
『隣の席のギャルビッチ ~僕は彼女のセックスフレンド!?~』 ダウンロード:2016年04月15日(金) 発売予定!
























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